四季めぐるの評論日記

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『春風のエトランゼ』3巻、4巻感想 ~愛やがて変容す~

「大丈夫だよ」その言葉にどれだけ救われただろう。 

わたしの「春風のエトランゼ」が好きなところはどんな生き方も肯定するところだ。駿のゲイであるけれど、そんななかでも生きようとしている。そして、駿が好きになった実央も同じだ。周りのひとは、攻撃するが、それでも男が好きでもおかしくないよと肯定してくれる。そんな彼らに私は勇気をもらっていた。会社でうまくいかず疎外感をもっていたわたしもマイノリティだった。彼らの生き方が肯定されるのを見て未央の言葉を借りると「生きるのがラクになる」っていたのだ。

 

 3巻では、彼らの同性カップルだからこその葛藤が描かれる。駿は実央になにかを与えたいと悩み続ける。そこで、ギターを買い与える。だが、釈然としないというか答えはでていない。

 そんな中ふたりの関係に大きな変化が起こる。駿の小説が売れたのだ。知名度が上がることで取材が殺到することだ。だが、作品の内容というよりはゲイとしての駿が注目される。嫌気が指していた駿と実央。沖縄からきた絵里と鈴をもてなすため、居酒屋で宴会を催す。それが記者にみつかり、おもしろおかしく記事が書かれてしまう。実央は怒るが駿は気にしない。週は焼いていた芋を実央に与える。そして、記事の書かれた雑誌を燃やす。それと同時に、なにかしてやりたいということの答えをみつける。

 その答えは長生きすることだ。「俺は徳の低いから物以外でお前相手にやれることなんて先に死なないくらいしかない」という。つまり、駿は実央とともにいるということを決意したのである。自分たちのことを書かれた雑誌を燃やすことで、好奇な目を気にしない。愛する人とふたりで生きることを貫くという決意だ。実央は駿と共にいるだけで満足だった。それと同じで、駿もまた長く実央と共にいるだけでいいのだと悟る。ふたりの思いは通じあう。駿と未央という同性カップルの物語としてはきれいな終わりなのだ。それは、同性カップルというマイノリティの肯定である。

 

 これはもう終わりかなと思っていたら、まさかの「それから5年経ちました」ある。そう第2部のスタートである。ここから話は第4巻に入る。そして、この第4巻はわたしの感想としてあまり評価は高くなかった。正直なところ困惑してしまった。3巻までは駿と実央カップルの話を軸に周りの人の話もあるという構成だったのが、駿の両親の養子であるふみと桜子との話を軸に駿と実央の話があるという構成へと変化する。BL要素が少なくなったのだ。わたしは駿と実央の話が読みたいと思っていたからこそ、どうしても評価が低くなってしまった。

 また、駿と実央の関係性も変化している。それまで、「なぜ男が好きなんだろう」とか周囲の好奇な眼差しといった同性愛というマイノリティならではの葛藤が描かれていた。しかし、4巻以降の彼らは、5年間一緒にいてマンネリ化や停滞期が主な問題になっている。

 誤解を恐れずいうなら彼らはマジョリティとなったのだ。マンネリ化という一般的な夫婦にも起こりうる問題にふたりは直面する。マイノリティ的な葛藤からマジョリティ的な葛藤にシフトしている。

 

 マイノリティだからこその葛藤に勇気をもらっていた私にとって、マジョリティ的な問題で悩んでいる彼らを見ているとどこかさみしくなってしまう。ああ、もう彼らは成長したのだなと思うのだ。もちろん成長とはよいことなのだ。しかし、ふたりを心のよりどころとしていたわたしはこれからなにをよりどころにすればいいのかと複雑な気持ちになってしまう。

 これが困惑した理由なのだ。彼らはもう夫夫(ふうふ)なのだ。よしながふみの漫画「きのう何食べた」でも結婚のないゲイにとって同居が結婚なのだといってたように、駿の実家で同居しているふたりは結婚生活5年目の中堅夫婦といっても過言ではない。

 そう。海辺のエトランゼから春風のエトランゼの1〜3巻は駿と実央の同性カップルの話ならば、4巻以降の第2部は夫夫(ふうふ)としての物語と分けることができる。

 

個人的にこの解釈は腑に落ちた。この発見があったうえで、もう一度4巻を読んでみることにした。……あれ、面白い。少なくとも初めて読んだ時より抵抗感はない。ここで私は気がついた。つまり、4巻で駿と実央は夫夫になっているのに私はカップル的な甘い話を求めていた。夫夫の物語に、カップルを見出そうとしていたからこそ、読んでいてなにか違うなと思ってしまったのだ。長いことキスをしていないエピソードがでてくる。ここでも、寂しくなっていたのだが、5年も共にすればキスも少なくなる。だからといって愛が無くなったわけでは無い。愛所の形がキスなどの肉体的愛情から精神的愛情へと変化するのだ。

 これは3巻、4巻と続けて読んでしまった私も悪いかもしれない。3巻の終わりでいきなり5年後となるからもう続きが気になって気になってすぐ4巻を読んでしまったのだ。カップルとしての話は描き切っていたのだが、いきなり5年後に話が飛ぶので、てっきりカップルの話が続くと思ってしまった。カップルの話が終わったと心構えする前に読んでしまったからこそ、初めて読んだ時の評価が落ちてしまったのだ。

 

同性カップルの話ではなく、結婚して5年だった夫婦の物語として読んでみると納得できる部分がある。例えば、実央が手を繋ぐかと誘うと駿は断る。昔の彼らだったらすぐ手を繋ぐだろう。そもそも、なぜ手を繋ぐのか。相手がそばにいることを手という肉体で感じたいからだ。 しかし、5年もいればわざわざ手を繋がなくてもそばにいることがわかっている。夫婦生活が5年になって手を繋ぐ夫婦はなかなかいないだろう。(別に手を繋ぐ夫婦がいてもいいとは思うが)もし4巻以降BL要素が少なくなって面白くなくなったと思う人がいたら、夫夫の話として読んでみるとまた違った印象を抱くかもしれない。

 

 そのようにして読んでみるとふみという擬似的な子どもを育てる良い夫夫なのだ。ふみは駿の義弟であるが、反抗期も両親ではなく駿と実央に当たる。春風のエトランゼは橋本家を中心とした家族の物語なのである。

 そう考えるとすべてを肯定するという作品のテーマは変化していない。ただ題材が変化したのだ。第1部が同性愛の話ならば、第2部は家族の話である。橋本家の面白いところは例えば、駿は兄だが父親的な側面をもっているし、実央は家事全般を代理で行う主婦である。とったように、家族がひとつの属性に染まらずさまざまな役割を柔軟に担っている。あらゆる形の家族を受け入れる。これが第2部のテーマであり、本質的にはテーマはぶれていない。

 

 このように題材は変化しているとはいえテーマは変わっていないし、駿と実央の話も以前より多いわけではないが描かれている。では、何がわたしをここまで動揺させるのか。「海辺のエトランゼ」「春風のエトランゼ」の第1部は、駿と実央のカップルは周りの人から異質であるとか、気持ちが悪いと拒絶されていた。しかし、ふたりは別におかしくないと肯定する。これが流れだった。しかし、2部以降二人の関係を否定する人は(いまのところ)でてこない。たとえば4巻で未央の同僚は、未央の恋人が男とわかっても否定もせず、あくまでそうなんだと受け止める。また、ふみの運動会に駿と実央が来ていても変に注目されない。このように同性愛がごく当たり前のことだと受け入れられている。

 この描かれ方の変化は現実世界のLGBTQの理解が進んだことが理由であると思う。ここ数年でLGBTQのことを見る機会が増えてきていないだろうか。思い返してみればニュースやドラマなどでよく目にする。一昔前ならありえない状況だ。

 海辺のエトランゼが書かれたのは2013年から2014年、「春風のエトランゼ」第1部は、2015年から2017年だ。この2010年代中期はLBGTが少しずつ台頭してきた年だった。たとえば2015年、東京都の同性パートナーシップ施行が施行されたことで大きくニュースに取り上げられている。しかし、人々の間にはまだ抵抗感があった。そんな時代に「海辺のエトランゼ」は描かれた。だからこそ、同性愛は拒絶される。ところが、そこからさまざまなメディアに取り上げられることでマイノリティは徐々に今は理解が進んだ。結果、同性愛は当たり前という認識に至っている。だから、4巻以降マイノリティを拒絶するものはいなくなる。

まとめると以前はマイノリティを書くときは、周りは拒絶するが、自分たちは肯定するという描き方だったのが、マイノリティの理解が進むにつれ、同性愛は当たり前だよね。という描き方へと変化している。このように現代における同性愛の理解の流れと作品はリンクしている。

 

 拒絶から受け入れられるというプロセスから、初めから受け入れるというプロセスになっている。拒絶というプロセスがあるからこそ受け入れられる。この構造がわたしの境遇とマッチしていたからこそ共感が強かった。時代の流れによるストーリーの変化こそわたしがあまりのれなかった原因であった。第2部は明確な拒絶が描かれることがない。時代に合わせた表現方法といえる。しかし、だからこそテーマが第1部に比べ、弱くなっている印象を受ける。拒絶があるからこそ受け入れる行為が際立つのだ。以上のようなことで前よりパワーをもらえなくなったのだ。

 

おそらく、もう昔のようにわたしが勇気づけられるような描かれ方はされないだろう。とはいえ、エトランゼを読んで勇気づけられていた事実は消えないし、「海辺のエトランゼ」や「春風のエトランゼ」第1部を読めばいつだってわたしを励ましてくれる。それに家族愛やふみの恋が描かれるエトランゼもなかなか悪くない。なんだかんだ言ってわたしはエトランゼシリーズが好きなのだ。どうやら今秋5巻がでるということなので楽しみに待ちたい。

 

四季めぐる