四季めぐるの評論日記

自分の好きなことを書いていきます

『海辺のエトランゼ』京屋の間取りの特定に成功しました。

 京屋の間取りってどうなっているのだろう。何回目かの映画『海辺のエトランゼ』の鑑賞でふと思いました。映画では京屋という民宿が主な舞台となっています。キャラクターたちが縁側に佇んでいるシーンが、何度かあります。しかし、庭や景色が違っていることから縁側は複数あるようです。また、京屋の主人であるおばちゃんはカフェも営んでいます。京屋には複数の建物があるようです。京屋のさまざまな場所で物語が進みます。それが意識的に描き分けられている。そんな印象がありました。そこで、きちんと調べてみようと思いました。なお、原作と映画ですこし間取りがかわっているのですが、今回は映画版を基準にしています。映画版の方が情報量が多かったためです。また補助的に原作も用いながら進めました。結果、京屋の間取りを図1にまとめました。これで矛盾がないようにすべての場面の場所を説明できます。

 

 海辺に京屋ののれんが掛かっている母屋があり、裏から見て右側にみやこカフェが、左側に駿と実央の部屋があります。このようなシンプルな構造になっています。そして、駿と実央が出会う例のベンチの位置も特定しました。これからくわしく解説していきます。
 なお、この記事の特性上、解説に映画のスクリーンショットを載せるべきなのですが、著作権が怖いのと私の環境だとスクリーンショットが用意できませんでした。非常にわかりにくいとおもいますがご了承ください。

1.京屋
 京屋ののれんが掛かっている母屋。皆さんも印象にのこっているのではないでしょうか。石垣に囲まれ、赤瓦の屋根をもつ民家。実に沖縄らしい家といえるでしょう。まず、この母屋の位置の特定からはじめました。といってもこれは簡単でした。まず、この母屋が海に面しているイメージがみなさんにもあると思います。漫画『海辺のエトランゼ』の表紙はこの京屋の玄関を出ようとしている駿と実央が描かれていました。その先に広がるのは透き通った海です。ここで、もう海側に母屋と玄関が面していることがわかります。
 さて、母屋の位置がわかったところで、母屋の間取りについて述べていきます。母屋の間取りは、映画版で詳細に描かれています。冒頭、駿と釣りを終えた実央が京屋の玄関で立っているシーンです。
 真ん中が渡り廊下になっており、玄関を入って左側にキッチン兼ダイニングルームがあります。みんなでいただく食事がとてもおいしそうでしたね。その右側にはふすまがあるので部屋があることが確定でしょう。しかし、この部屋がなんなのかは判断できません。これについてはあとで述べることにします。
 この渡り廊下の突き当たりにはガラス扉があります。このガラス戸を駿が空けているのですが、この時の動きの演技が興味深いです。駿は扉を開ける前に立ち止まり縁側にあがるという演技をします。そして、中をよく見ると突き当たりの廊下が左右に伸びてT字のようになっていることが分かります。このことから縁側と内廊下があるというのがわかります。これらは非常に重要な情報です。このふたつが右側の部屋の正体を明らかにしてくれるからです。
 映画冒頭、勇気を出して以前から気になっていた実央にあいさつする駿ですが、完全に無視され落ち込んでいる時のことです。庭のテーブルで駿は執筆にならないほど落ち込んでいます。ここでおばちゃんが登場し、上で野菜をもらってくるようにお願いします。このとき部屋の様子がうつしだされます。内廊下がありその奥に部屋があるという構造になっており、かつ縁側もあります。このことからここが母屋の右側の部屋なのではと睨んでいます。駿が倒れ鈴が看病していた部屋とそのあと駿と絵里が月を見ながら話す場所もおそらくここでしょう。部屋にふすまがあるからです。京屋のなかにふすまがあるのは、母屋しかありません。この部屋でおばちゃんが洗濯物をたたみ、庭に洗濯物を干しているのでおばちゃんの部屋と思われます。さすがに客室の前で洗濯物を干したりたたんだりはしないでしょう。
 京屋の母屋部分の間取りを記すと以下のようになります。


2.みやこカフェ
 次はみやこカフェになります。みやこカフェは作中でも郡を抜いての情報量のなさですが簡単でした。まず位置関係ですが、これは、正面からみた京屋の後ろというのは確定です。(駿と実央の部屋についてもおなじことがいえます)海側から見た京屋の外観からは他の建物の陰が見えないためです。
 映画の冒頭、みやこカフェの全体像が一瞬映し出されます。赤瓦の屋根に建物向かって右側に縁側とガラス戸。そして、左側にみやこカフェと描かれた看板と入口がある。これがみやこカフェの貴重な情報源です。特徴的なのはテラス席があることと奥になぜか鳥居があることです。この鳥居がなにか全然わからない。奥に神社があるのでしょうか。ここはわかりませんでした。
 あとはどのような配置かという話になってきます。実はみやこカフェのモデルが存在します。名前は出していいのかわからないので出しませんが、海辺のエトランゼの舞台である座間味の民宿です。民宿の横でカフェもやっているらしく写真を見てみたらびっくり。みやこカフェにそっくりでした。さらに奥に鳥居があり、確信に変わりました。この民宿の少ない画像を頼りに構造を把握しそのままあてはめてみるとこのようになります。(図3)


海沿いから見た京屋は左右の石垣に路地があるように見えます。しかし右側は路地ではなく、みやこカフェに続く道なのです。
 さて、京屋の部屋がおばちゃんの部屋ならどこに客室があるのかという疑問があります。駿と実央の部屋はもともと客室だったのでしょう。原作で駿が部屋を借りていると述べていることからもそれはわかります。しかし、これでは客室がなくなってしまいます。作中では人が泊まりに来ていました。これはモデルとなった民宿を基準に考えると解決します。みやこカフェに客室があることになります。みやこカフェだと思っていた建物は実は客室なのです。みやこカフェはかなり小規模な店なのです。
 ちなみに鳥居の意味は元ネタを見てもわかりませんでした。


3.駿と実央の部屋
 最後に、駿と実央の部屋です。この部屋の配置が難解で、私を混乱に陥れた張本人なのです。この部屋の配置が決まらず、どうしても矛盾が生じてしまって参ってしまいました。
 この部屋、特徴は多いんですね。部屋の壁一面に咲いた花。実央の部屋からは奥に木の門があり、別の建物へ繋がっていますことができます。
 私はこの部屋が海沿いにあると思っていました。根拠は駿の元婚約者・桜子が島へ訪ねてきてバイト帰りの実央に挨拶するシーンです。このカットは建物と塀が平行のアングルで描かれています。右側に桜子と建物。そして、対立するように左側に実央と塀が配置されています。私はここは駿と実央の部屋だと思っていました。しかし、背景が合わない。このアングルから描かれた背景に注目すると、奥には山も見えない。障害物がない。つまり、海岸に接してるのです。しかし、矛盾が生じます。だって、海に接しているのは京屋の母屋です。あれ、と思いました。ということは京屋のすぐ右後ろに部屋があるのかと思いました。つまり、みやこカフェの位置に駿と実央の部屋があると考えていました。これではいかんせん海が遠い。京屋は挟んでいるようには見えない。
 そして矛盾といえばもうひとつどうしても解決できなかったシーンがありました。序盤、みやこカフェで接客している駿。空のビール瓶を出入口に置きます。ふと右の方を見ると、細い路地の先にベンチに座っている実央が見えます。つまり出入り口が右側にあり、その路地からベンチが見えるという位置関係になっています。ところが、駿と実央の部屋をみやこ
カフェの位置に置くと、ベンチの位置がおかしくなってしまいます。この路地とベンチの関係がどうしても解決できなかったのです。
 この矛盾をどうにか解消しようといくつもパターンを考えました。しかし、ひとつ解決すればどこかに矛盾が生じる、そんないたちごっこをずっと繰り返してました。正直映画スタッフは感覚で作ってるので、矛盾があってもおかしくないのではと思っていました。急いで付け加えると矛盾はまったく起こっていませんでした。
 どうにもいきずまってしまった私。これは私の経験ですが、行き詰まるとき、それは情報不足か考え不足かどちらかであることが多いです。だから、もう一度映画を見てみました。突破口に気づいたのは、実央が発した言葉で駿を傷つけたことを謝っているシーンです。実央が駿の元に訪れますが、壁一面の花があることから駿の部屋ということは確定です。そして、絵里がやってきて実央をからかいます。このとき後ろに家が建っている。おかしい。もし、桜子と実央のシーンが同じ場所で起こっているとしたら、海沿いに家があることになり、辻褄が合いません。もう一度例のシーンを確認してみることにしました。すると、桜子の後ろにはふますが映っています。
 さきほど私はふすまは京屋の母屋にしかないと言いました。そう、つまり桜子のシーンは駿の部屋で話していたのではなく、母屋の縁側で話していたのです。これならば、矛盾は解決されます。
 なぜ、駿の部屋で話していたと誤解してしまったのか、駿と話すのだから駿の部屋だろうという理由もなく決めつけていたからでした。そうなると、駿と実央の部屋は海沿いという制約がなくなります。そうして、現在の位置に落ち着きました。
 ベンチと路地問題も解決できます。みやこカフェの裏に駿と実央の部屋があり、そこに出入口もあります。みやこカフェからビール瓶を運び、外に置いたのです。この位置なら右を向けば路地の奥にベンチが見えます。図に表すと以下の通りです。(図4)

矛盾はなくなります。さらによく見てみると空き瓶を置いたのが、駿と実央の出入り口という証拠を見つけました。花壁が写っているシーンをよく見ると花壁の上に棒が無数あるのが確認出来ると思います。これは花を固定するための棒なのです。この棒が裏路地のシーンにもはっきりと描写されています。このことからこの出入り口は駿と実央の部屋の場所だとわかりました。

以上見てきたように、京屋の構造を特定しました。初めはこんなことナンセンスだと思っていました。正直そこまで設定してないだろうと高を括っていました。しかし、そんな考えは捨てました。京屋の配置は矛盾なく設定されていたのです。ふつう、観客はストーリーを楽しむ上で京屋の間取りを知らなくてもいいのです。しかし、位置を知ることで浮かびあがってくるストーリーがあります。たとえば、実央に言われた一言で駿が倒れ、目が覚めた時なぜ駿の部屋ではなくおばちゃんの部屋で寝ていたのか。おそらく、実央は駿が倒れたとき急いで京屋に助けを求めたのでしょう。実央は駿が京屋の従業員というのを知っていましたから。ところが、そこにはおばちゃんと絵里しかいなかった。実央がいるとはいえ気絶した成人男性を運ぶのは一苦労です。そこで、離れにある駿の部屋ではなくより近いおばちゃんの部屋に寝かせたのではないでしょうか。そのときの慌て具合が目に浮かぶようです。これは間取りを知っているからこそ想像できるのです。このように、間取りを把握するともう見尽くしたと思っていたストーリーの裏側を想像することができるのです。